INTERVIEW

「風光明媚」な暮らしやすいまち、竹田

環境のいい場所で子育てをしてみたいと移住を考える方も多いのではないでしょうか?今回は、自然豊かな場所で健康に過ごしたいと竹田に移住した家族をご紹介します。

 

 

竹田市の中心地、城下町竹田。国指定史跡の岡城跡があり約400年の歴史を持つ風情ある街並みには、スーパーや病院、市役所などが集結し、便利で暮らしやすい地域です。図書館や文化ホール等の教育拠点も多く、文化芸術の発信地でもあります。竹田市の地域おこし協力隊として移住し、城下町に暮らしている小島聡太さん。奥様とお嬢さん2人の4人家族です。移住までの経緯や現在の暮らしについて伺いました。

プロフィール

小島聡太 

大阪府枚方市出身。大学在学中より劇団衛星に所属し、舞台監督・音響・俳優として活躍する。大学卒業後、京都市伏見区に移住し、公益財団法人びわ湖ホール舞台技術部に就職。劇場管理と劇場自主制作オペラに携わる。平成30年4月に竹田市地域おこし協力隊として竹田に移住し、同年10月に開館した竹田市総合文化ホール「グランツたけた」の施設マネージャーに就任。現在は公益財団法人竹田市文化振興財団職員として、総務管理班と企画制作班をまとめる業務マネージャーを担当している。

竹田市総合文化ホール〈グランツたけた〉

 

  • 移住するまでの経緯を教えてください。

    小島さん:よくね、飲み会とかでも喋るんですけど。それまで竹田という町を知らなかったんですが、新婚前の九州旅行で妻と1回来てたんですよ。大阪からフェリーで別府に来て、車を借りて阿蘇山に行って、湯布院から黒川温泉に抜ける時に久住ワイナリー付近を通り過ぎてる(笑)。その時に九州の温泉と雄大な阿蘇の麓の景色がいいところだなぁと思ってました。学生の頃から全国の芸術祭が好きで、別府のアートプロジェクトにはよく来ていました。

    全国の芸術祭を訪れていた、当時の小島さん

    小島さん:移住することになったのは、僕自身が体調を崩したことがきっかけです。前職場が激務で、とてもそのまま仕事を続ける雰囲気ではなかったので。加えて、子どもの体調もあんまり良くなかった。上の娘が当時2歳で寝つけない部分があって、体調を崩して熱性けいれんを起こすこともあり、のびのび子育てができるところに行くのも一つの手じゃないかと思って、環境を変えよう、どこかに行こうと考えました。
    職を探す時に、妻に「山がいい?海がいい?」という話はしたと思います。「海かな」と言っていたかな(笑)。

    小島さん:その中で、竹田市という九州の阿蘇山の麓と思われる所で新しいホールの職員を募集しているのを見つけて、それが地域おこし協力隊という制度だった。協力隊としてどういうことを求められているかなど、協力隊の制度を勉強して面接に臨みました。
    面接後に、「竹田に引っ越すから」と妻に伝えて(笑)。急に見知らぬ町に引っ越すことになった妻は、気軽に行ける小児科があるかというのが心配で、そこをチェックしていましたね。

  • 移住後の生活はいかがでしたか。

    小島さん:竹田をひと言で表すと、「風光明媚」。
    環境としては非常に良いです。やっぱり、食と水と温泉ですよね。移住してから6年経ちますが、予想していた以上に暮らしやすかった。この暮らしやすさっていうのは、実際に暮らしてみないと分かんないかなと思う。水、空気、食べ物が美味しいので、それは本当に、安心して生きていけるなぁという感じはあります。

    広瀬神社から見下ろす、城下町の街並み

    小島さん:移住した直後は関西には降らない黄砂と阿蘇山の火山灰が降ってくるので、それにちょっとびっくりしました。子どもがアレルギー的に引っかかったらと心配したけど、何ともなく、あっさり克服というか、慣れまして。それ以降は、子どもたちが熱も出さず、寝つけるようになりました。めちゃくちゃ元気になって、よく食べるようになりましたし、家族全員の体調が劇的に改善して元気にやっているので非常に有難いですね。温泉に入れるのも大きいですし、竹田ならではの部分はあったかなと思っています。移住して良かったですし、移住するタイミングだったんだろうと思います。

  • 竹田での子育てはいかがですか。

    小島さん:デメリットはあまり感じないですね。城下町に住んでいますから、幸い幼稚園も小学校も歩いて行ける距離ですし。京都にいた時は幼稚園の送り迎えに朝自転車で行って、雨が降ったら電車でとかあったので、逆に楽になっています。竹田はクラスの人数が少なく、1学年に1クラスなので最初は大丈夫かなと心配しましたが、今見ていると、かなり学校は楽しそうに通っているので良かったなと思いますね。皆と密に関われるのかなあと。

    小島さん:小さい町ならではのコミュニティがあって、子ども達が地域の人に見守られているというのを強く感じますね。小学生の娘が学校まで歩いて行くんですけど、近所の方が、「えらい寄り道してるで」と教えてくれたり、それが逆に安心に繋がってるなとプラスに感じています。
    地方に来るとなると、地域の方に受け入れられるかみたいな不安は一定数皆あると思うんです。僕は何とも思わなかったですけど、妻は思っていたと思うんです。結果として、思ったほどではなく、すんなり入れたっていうのはあります。

    小島さん:ちょうど引っ越してきた頃にコロナが流行って。もし京都にいたら、子どもたちと出かけられず、出るとなると電車かバスで、かなり神経を使っていたと思います。そのタイミングで竹田に居れたのはラッキーでした。遊ぶ場所も、長湯温泉や久住高原の牧場、神原渓谷の川遊び等、たくさん連れて行ける場所があって、子どもたちがのびのび過ごせました。最近は、「ハーモニーランドに連れて行って」と、遊園地に行きたい歳になってきました。映画館も1時間ぐらい移動すればあるので、不便は感じてないですね。
    城下町の地域の行事に「竹楽」や「こども夜市」という昔ながらのいいお祭りもあります。幼稚園のクラスで練習した太鼓を舞台上で披露する機会もあったり、子どもと大人が一緒にできるような行事がたくさんあり、家族で楽しんでますね。

  • 竹田市の子育て支援や地域のサービスは活用されていますか?

    小島さん:保育料が無料なのでうれしいです。病院は、竹田に来た当初に子ども診療所が出来て、子育ての相談ができて便利です。その他に、市の子育てひろば等のサービスもありますが、自宅から歩いて行ける城下町内に地域の集い場の「みんなのいえ カラフル」があり、うちの子ども達にマッチしすぎて、よく通っています。友達と遊ぶ機会も「カラフル」に行けば解決しちゃいます。

    地域の集い場「みんなのいえ カラフル」

    小島さん:妻はこっちに来て、子育てする中で、実家がある訳でもなく、仕事もしていなかったので誰かと知り合う機会もなく、どこか出なきゃいけないなという時に「カラフル」があって、かなり助かったようです。同世代のお母さんだけでなく、おばあちゃんとお話しして地域のことも知りながら、のんびり子育てができて、「カラフル」の存在はかなり大きかったと話しています。今は子どもが幼稚園に入って妻は手が空いたので、有償ボランティアとして働いています。

    地域の集い場「みんなのいえ カラフル」

    小島さん:娘たちは「カラフル」で、いろんな世代の方と喋って、「いろんなことを教えてもらった」とか、「教えてあげた」とか報告してくれます。いつも違うおじいちゃんとおばあちゃんがいるっていうのは、多分ピンと来ている。都会で暮らしてると、なかなかいろんな世代の、毎日違う人と遊ぶっていうのが無いでしょうから。非常に良いことだし、のびのびしている。「カラフル」で子どもたちがそれなりに楽しんでいるんだなぁという気はしています。

  • 都市部から移住して、苦労や不便だと感じた点はありますか?

    小島さん:車ですね。僕は運転は全然苦にならないですけど、妻は運転が苦手で5年間運転せずに過ごしてました。城下町内なら徒歩や自転車で過ごせますが、今は車を買って普通に運転してるので、最近は苦労を感じてないです。

    小島さん:僕も妻も適応力が高いというか、そこまで執着がないというか。結局は、些細なことなんですよね。スーパーが遠いとか電車の本数が少ないとか、ちょっと住めば、なんか何とかなるんですよ。2~3ヶ月すれば慣れます。京都にいた時は毎日電車乗ってたんですけど、こっち来たら乗らなくなるんじゃないですか?最近は電車の乗り方も忘れました。それも今思えば大したことじゃなかったなと思っています。ただ、実家から遠く離れると帰省がこんなにも大変な大事になるんだと、妻はそれに驚いてましたね。

  • 現在の勤務先に転職していかがでしたか?

    小島さん:地域おこし協力隊に入った時は、竹田市総合文化ホール〈グランツたけた〉の立ち上げで施設管理、運営の一員というのを求められていました。前職のノウハウを活かして運営していくなかで、単純に場数の経験もあったので、自主事業運営の方にもじわじわシフトチェンジし、協力隊の3年が終わる頃には殆どの自主事業にも関わっている状態でした。財団化して指定管理を受けるときに、施設管理をする総務管理班と自主事業を作る企画制作班を作っていくんですけど。初の財団職員を入れるにあたり、財団プロパーとして立ち位置を確保するのであれば、両方を取りまとめる位置に入るのがいいんじゃないかということで、”業務マネージャー”という新しい肩書きで働いています。

    小島さん:この仕事に就いたのは、やっぱり今も舞台が好きですし、一番性にも合っているからですね。この分野に携わっている色んなポジションの方がいるんですが、アーティストとか裏方スタッフとか。その中では劇場に勤めるのが、一番食べていけるというか、安定していると思います。
    個人で仕事を受けることもあります、舞台進行が多いんですけど。例えば主催者さんがこんな公演をしたいという要望を理解・分析して、内容やスケジュールを相談し、適切に割り振って進行するという、ちょっと特殊な業務です。地方にそういう事ができる人が少なくて、依頼があります。

    小島さん:この仕事の面白さと難しさは、結局”人”だということですね。何をするにも相手がいて、どういうことをしたいのか?というのが必ず根本にあって。人が変わると流れが全部変わっていくし、アーティスト一人ひとり、お客さん一人ひとり、出演者一人ひとりの、やりたいことがあるんですよね。一人ひとりのやりたいと思っていることを全部解決して進行していく訳ですが、常に問題は出てきます。そこをちゃんと受け止めて、ルールに当てはめるではないですけど、バランスをとってやっていくというのが一番難しいですし、面白いところでもあると思います。

    小島さん:竹田は自信を持って生きていらっしゃる高齢の方が非常に多いので、意見も想いも強いという印象です。その方々とどう関わって、劇場がより使いやすくなることや、気持ちよく楽しんでいただけるかを考えています。「今日のコンサートはこうだった」という意見を大事にし、そこをちゃんと見据えた事業にするのがいいなと思っています。
    竹田は文化芸術が豊かで、”音楽のまち”とも言われています。町の規模的にも「グランツたけた」の存在的にも、音楽愛好家がいっぱいいるので愛好家に向けて事業をしています。でもそれだけではいけないというか。愛好家じゃない人たちにもちゃんと届けていくことが必要です。”音楽のまち”と思っている人を増やすっていう作業から入らないといけないなと思いますね。

    小島さん:仕事をする上で、都会と田舎の差は全然感じてないです。地方だと賃金のベースは安いと言われますが、それは能力の差じゃんって思うので。副業も必要であればしますし、その地域の問題ではなく会社の問題だと思っています。癒しを求めて田舎に来たけど、収入が低くて困っているんだったら、それは自分が頑張ったらいいじゃないかと思うんですよね。自然豊かなところでもしっかり収入もらえるような働き方って、今の時代は普通にある、やりようがあると思うので、場所の問題ではない。そこは個人の問題だと思います。
    職によりますけど、スキルアップして社内での地位を上げれば給料も上がる訳だし。全国的には働き方改革って言われていて、各企業努力として残業代切っていって、利益を最大化する作業は当然全企業はしているはずで。もちろん事業者さんによっては違うので、できない事業者さんもあると思いますが、現状この仕事では、地方だから不満ていうのは無いですね。

  • これから移住する方へのアドバイスをお願いします。

    小島さん:僕はあんまり悩まずに、楽しんで来てますからね。「やったー!自然いっぱい、温泉に入れる!仕事から解放された!」という感じです。僕はそもそも移住に関してのハードルが低い、こだわりの条件が無かったんですよ。都会か田舎かっていうことにもあんまり興味が無くて、何処にでも住めばいいじゃんって根本に思っているので。参考にならないんですけどね。何処に住んでもやっていけるだろうと、なるようになるし、自分が変わればいいじゃんって考えてるので。
    今の自分たちの環境や現状ないし、ちゃんと生きていけるって言い方は何ですけど、仕事に行けて、幼稚園や小学校に行けて、ご飯が食べていけさえすれば。根本的に無理!っていうのがない限りはどうでもいいと思っている。家族の体調が悪いとか、問題があれば、当然その時は動かなくてはしょうがない事態になりますし。本当に絶対的な問題じゃない限りは、些細なことは問題ではなくなります。みたいなアドバイスですね。
    引っ越す直前に知らされて、竹田についてきてくれた妻に移住者へのアドバイスを聞いたら、こう言ってました。「いろいろ心配せずに、想像もせずに、来てから考えたらいいんじゃないかな?来る前から、こんな所かなぁと思い込んで来ても、思い通りにはいかないと思うんで。」と(笑)

編集後記

竹田市では地域おこし協力隊として移住し、小島さんのように個人の経験やスキルを活かし、町に貢献し活躍されている方も多いです。劇場はまちの活気のシンボルでもあり、取材した日も市民参加のコンサートで賑わい、小島さんも公演の準備で忙しくされていました。

身軽に拠点を移し順応する小島さんファミリーは逞しく、それを体現するような子ども達の溌剌とした笑顔が印象的でした。家族の絆が感じられ、目標をクリアした一組のチームのようにも映りました。「場所の問題ではなく、個人の問題」という小島さんの言葉には、働き方や移住の可能性が拡がるヒントがあります。明るく、元気よく、今後の小島ファミリーの未来に期待です。

地域の集い場「みんなのいえ カラフル」

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